
2021.04.19
新濱選手の出身は北海道の東端、別海町。スピードスケートを始めたのは3歳の時。幼稚園の頃からスケートの大会に出場し始め、小学生からは競技コースで本格的にスケートを開始。大会に出れば優勝、大会新記録も次々と更新し、スケートがとにかく楽しく夢中に!転んでも優勝してしまうほど周りとは別格の存在で、小学校3年生まではなんと無敗!"無敵"の天才少年だと思われていましたが、高学年になると努力を続けるライバルに負け始め、小6の時には入賞も出来なくなってしまいます。楽しさもなくなり、辞めたいと母親に言うと、「中3まではやりなさい」と説得され、気持ちを切り替えて続けることに。"折角続けるなら勝ちたい"、そう思い始め、本気で練習に打ち込むと中3次に全国大会で6位に入賞。スケートの楽しさを再認識し、更に上を目指して高校でも続けることを決意。なかなか優勝できないもどかしさの中で、負けた悔しさをバネに一歩一歩、努力し続け、高校3年次にようやく実力が開花。全国大会の500m/1,000mで見事優勝し、二冠王の快挙を達成!大学でもスケートを続け、技術的な課題を克服し、前進していったことが現在の新濱選手の活躍に繋がっています。
小さい頃からカラダが大きかった新濱選手。食事の栄養バランスについて、昔はあまり意識したことはなかったそうです。ただ、漁師の父親の影響でよく食べていたのが、鮭や帆立などの魚貝類。特によく食べていたのが「鮭のちゃんちゃん焼き」。豪快に半身の鮭に野菜をたっぷり!また、新濱選手のおふくろの味と言えば、「いくらの塩漬け」。醤油漬けとは違い、それぞれの家庭の味が出るそうで、母親によくリクエストしていた大好物。北海道別海町は、有名な牛乳の生産地でもあり、牛乳もたくさん飲み、大きく育ったそうです。
新濱選手が世界を目指すきっかけになったのは、大学3年次で出場した国際大会の選考会。スケートは大学までと決めていた中、最後に世界を目指してみようと出場すると、想定外の好記録を出し、日本代表のナショナルチームに呼ばれました。その後、世界スプリント選手権では総合優勝を果たし、日本男子33年ぶりのスプリント世界王者に。また、ワールドカップシリーズでも総合優勝を果たしました!